第36回 「ストックオプションと税務訴訟」

 最近話題になっている税務訴訟と いえば、やはりストックオプション に関する訴訟でしょう。各地で次々 と判決が出され、納税者の主張が認 められたり、国税側の主張が認めら れたり議論は二転三転しているよう です。 「ストックオプションって、要する に何なんですか?」  質問の主は最近健康食品のベンチ ャー企業を立ち上げたF君です。  F君は去年大学を卒業したばかり なのですが、組織に入るのは嫌だと 自分の会社を立ち上げた成年実業家 です。夢は株式の上場で、いつも熱 心に勉強をしています。 「ストックオプションというのはね、 「取締役や従業員が、あらかじめ定 められた価額(権利行使価額)で会 社の株式を取得することのできる権 利」のことで、要するに報酬の代わ りに将来株式を買う権利を与えてお いて、株価が上がったらその権利を 行使することで多額の利益を得られ るというものだよ」 「どうしてそんな変なものがあるん ですか?」 「変なのものでもないよ。例えば君 の会社は、立ち上げたばかりでお金 がないだろう?でもいつかは上場し て大会社になるという夢を持ってい るし、その可能性も十分にある」 「そのとおりです」 「そこで、僕にストックオプション を付与して将来の値上がり益で儲け てもらう代わりに相談料ははまけて もらおうというような時にも使える ね」 「なるほど、そういうことですか。 先生、そうしてくださいよ」 「何を言ってるんだ。もともとお金 なんか貰っていないだろう」 「ははは、確かにそうですね」  F君はストックオプションにとて も興味を持ったようです。後日、また 遊びに来ました。 「先生、ストックオプションについ てもう少し教えてください。最近ス トックオプションでたくさん税務訴 訟が行われているようじゃないです か。ストックオプションって訴訟に なるような、そんなに危険なものな んですか?」 「ああ、ストックオプションの利益 が給与所得に当たるか一時所得に当 たるかってやつね」 「そうそう、それです。それで、い くつか質問があるんですが、給与所 得と一時所得じゃどう違うんですか ?」  今、巷を賑わせているストックオ プション訴訟は、この給与所得と一 時所得を争っているものです。  その違いはといえば、給与所得は 給与所得控除後の金額が総合課税さ れて所得税が計算されるのですが、 一時所得の場合には50万円の特別 控除を差し引いた残りの金額がさら に2分の一になってから総合課税で すから、金額によっては倍近い納税 額の差があるのです。特に争ってい るケースでは所得の額も億単位のも のですから、給与所得か一時所得か で変わる税額も気が遠くなるような 額です。 「はあ、億単位の税額ですか。それ では納税者も税務署側も引くに引けな いわけですね」 「それに、納税者が意地になってい るのには他にも理由があってね」 「というと?」 「当初税務署側はストックオプショ ンの利益については一時所得として 指導していたんだよ。問答集にもそ れらしき記載もあるしね。それが一 転して今は給与だというんで納税者 が怒っているというわけさ」 「それは怒りますよね。だまし討ち みたいですものね」 「むろん、法律的な整備ができてい ない頃の話だから混乱はあったと思 うんだけどね」 「今は違うんですか?」 「今は給与所得ということで決着が ついているから、こんな訴訟はもう 起こらないと思うけど」  ストックオプションの税制につい ては少々複雑になっています。   税務上、ストックオプションの 取り扱いは2段階に分かれており、 1、 権利を行使したときの時価 との差額・・・給与所得 2、 譲渡をした時の売却価額と 権利行使時の時価との差額・・・譲 渡所得  となっています。  しかし、『税制適格ストックオプ ション』の場合には、1、の給与所 得の課税が2、の段階まで繰延べら れて譲渡所得の分離課税のみで終了 するようになり、給与所得の総合課 税を受けない分だけ有利になります。  権利を行使した時に給与として課 税を受けるということになると、株 式という紙切れを持っているだけで 含み益に課税を受けるということに なってしまいますので、この『税制 適格ストックオプション』で手当て されたことで、一応の決着をみたと いうことになります。  税制適格には色々な条件があるの ですが、 1、対象者は、取締役・従業員・子 会社の取締役や従業員など 2、権利行使期間は、付与決議日か ら2年以上10年以下であること 3、 権利行使限度額は年間12 00万円以内であること  などその他細かに決められていま す。 「じゃあ、これからは安心してスト ックオプションが利用できるという ことですね」 「まあそうだね。願わくば、年間の 行使金額の上限をもっと大幅に引き 上げてくれるといいとは思うんだけ どね」 「それと先生、今回の訴訟では海外 の親会社からのストックオプション が問題になっているようなんですが 、これはどういう意味ですか?」 「うーん、難しい質問だね。給与所 得というのは会社との雇用関係に基 いて支給されるものだろう?海外の 親会社から貰った利益が雇用関係に 基いているものなのかどうかという 点は議論が分かれるところなんだよ」 「先生はどう考えているんですか?」 「あくまでも私見だけど、給与所得 というものをあまり広くとらえてし まうことはどうかと思うんだ。どう とでも解釈ができるということにな ると、納税者は混乱してしまうから ね。現実に税務署だって当初は誤っ た判断をしていたようだしね」  F君は分かったような分からない ような顔をしています。 「とにかくもう少し勉強してわが社 でもストックオプションを検討でき るような会社になってみせますよ」  彼のような頼もしいベンチャー社 長が増えることを期待します。
  上記記事の内容は、葛゚代セールス社発行 Financial Adviser2004年06月号に掲載されたものです。