第33回 「役員報酬と退職金」

 法人の決算が終わり、株主総会の 準備をしていると問題になってくる のが、その年の利益処分をどうしよ うかということです。利益が上がっ ている以上は株主に配当金を支払っ てあげたいし、役員にも役員賞与を 払いたいところですが、将来の投資 のための剰余金も積み立てておきた い。社長の悩みは尽きません。  今回は社長が会社から貰う金銭に ついて考えてみましょう。社長が自 分の会社から受け取ることのできる 方法は限られています。役員報酬、 役員賞与、退職金、株主であれば配当金、フ リンジベネフィット(経済的利益) などです。  しかし、これらはそれぞれ課税の 受け方が違っていますから注意が必 要です。役員報酬は会社では損金に できますが(不相当に高額なものを 除く)、受け取った社長は給与所得 として課税されます。役員賞与と配 当金は利益処分ですからそもそも損 金にはなりませんが、社長には給与 所得や配当所得で総合課税がされま す。役員退職金は会社は損金(不相 当に高額なものを除く)で、社長は 退職所得です。社長が生涯に会社か ら貰う金銭の総額は同じわけですか ら、どの様な貰い方をすればもっと も有利なのかはシミュレーション上 答えが出せそうです。  このように考えると、役員賞与と 配当が会社で損金にできない分だけ 課税が重そうです。ということは、 できるだけ賞与や配当よりも役員報 酬や退職金にした方が税制上は有利 ということになります。  では、役員報酬と役員退職金の違 いはどうでしょうか。中小企業では 将来の役員退職金のために事前に準 備をしているというケースは少ない ようです。むしろ、真面目な社長さ んほど自分が退職をする時に会社が 順調で資金があるのであれば貰いた いが、会社の財政状態を悪くしてま で貰おうとは思わないと考えている ようです。 「社長、社長の退職金の準備をそろ そろしておいた方がいいのじゃない ですか?」  生命保険会社に勤務しているFPの Yさんです。 「俺はいいよ。十分に役員報酬をも らっているからさ。もし将来会社が 順調で資金がたっぷりあったらその 時に考えるよ」  社長の反応は鈍そうです。 「でもね、社長。生命保険をうまく 使うと法人税の節税もできますし、 社長の退職金の源資の確保もできる んですよ」 「説明は良く分かるんだよ。でもな、 たまたま今は利益があるけど数年先 はどうなるか分からないんだし、資 金繰りも考えて会社のお金は大切に 使わないとな」  社長は笑いながら工場の中に消え ていってしまいました。Yさんが私 のところに相談に来たのは次の日で す。 「僕の説明の仕方が悪いのでしょう か」  Yさんは少し自信を失っているよ うです。 「Yさんは、役員報酬と役員退職金 の違いが分かりますか?」 「え!?どういう意味です?報酬は社 長の給料だし、退職金は会社を辞め るときに貰うものでしょう?」  Yさんはきょとんとしています。 「もちろんその通りなんですが、課 税上の違いです」  ここで、給与所得と退職所得の違 いを考えてみましょう。給与所得は 給与所得控除後の金額が総合課税と なり、15%から50%(住民税を含む) までの税率があります。  退職所得はというと、まずは退職 所得控除があります。これは、 ・2年以下の場合・・・80万円 ・2年以上20年以下の場合・・・40万円 ×勤続年数 ・20年を超える場合・・・800万円+70 万円×(勤続年数−20年)  となっています。つまり、役員勤 続年数が40年ある場合には2,200万円 までは課税されないということです。  さらにメリットがあります。退職 所得にかかる税金は、この退職所得 控除を差し引いた残りの金額をさら に2分の1にすることで退職所得を計 算しますから退職所得の有利性が分か るはずです。 「何となく分かってきました。あま り意識したことなかったですが、退 職金というのは優遇されているので すね」 「そういうことです。ですから、こ の制度をうまく利用していくという ことは大切なことなんですよ。とこ ろで、その社長さんはご自身の老後 の資金などの準備はしているようで すか?」 「ええ、老後には不安があるようで 個人年金などもされていますし、役 員報酬の中から定期的に積み立てて いるようです」 「つまり、給与所得でもらった税引 き後の資金を積み立てているという ことですよね。であれば、その社長 に税引前のお金で積み立てをしませ んかという提案をしてみてはいかが ですか?」  Yさんは怪訝な顔をしています。 「いや簡単な理屈です。社長さんは 今、もらっている役員報酬の中から 将来のために積み立てをしているわ けでしょう。だったら、その資金は 最初から将来貰うように設計をし直 したらどうかということですよ」 「つまり、役員報酬ではなく退職金 で貰うようにしたらどうかというこ とですか?」 「そのとおりです。退職金なら社会 保険もかからないし資金効率はいい と思いますよ。例えばですね・・・」  簡単なシミュレーションをしてみ ましょう。  月額100万円(年間1200万円)の役 員報酬をもらっているとしますと、 上澄みの300万円には約43%のおよそ 130万円の税金が課税されています。 15年間で2,000万円近い税金です。こ の資金をまとめて15年後に退職金で 貰うとしたら4,500万円の源資に対し て税金は340万円程度ですからその差 は1,700万円ほどもあります。この 差はただでさえ不安な老後資金を考 えると無視のできない金額です。  いっそのこと、役員報酬を減額し て保険商品などを利用して将来の退 職金資金として会社に内部留保して もらうという発想も必要になってく るでしょう。無論、どの様な保険商 品を利用するかで会社の法人税も変 わってきますのでトータルでの資金 効率を検討しなければいけません。 「そのアイデアなら会社の資金の流 出も変わりませんから社長も聞いて くれるかもしれません。早速検討し てみます」  Yさんの疑問も少しは晴れたようです。
  上記記事の内容は、葛゚代セールス社発行 Financial Adviser2004年05月号に掲載されたものです。