第28回 「企業再編の落とし穴」

 最近は企業の経営効率をアップさ せるために、グループ企業を整理統 合したり、不採算部門を新会社に移 したり、あるいは同業他社と経営統 合をするといったケースがよくあり ます。  これらは企業再編といって、税務 上も重要なポイントです。合併・会社分割 ・営業譲渡・株式交換・株式移転 など多種類に及びますが、意外と「 そんなことは大企業だけの話でしょ」 と興味を示さないFPの方も多いよ うです。  しかし、中小企業でも以前に設立 した子会社が赤字続きで親会社と合 併したいとか、逆に事業承継対策と して高収益部門を別会社にしたいな ど、企業再編のニーズは高まってい ます。  クライアントの経理部長が相談に やってまいりました。 「先生、当社もご多分に漏れず業績 が悪化しております。特に関係会社の1 社は多額の赤字を抱えておりますの で、この際合併させて整理をしよう と思っていますが、何か注意点はあ りますでしょうか?」 「合併ですか。注意点といっても色 々あるのですが、現在の合併税制は 適格合併と非適格合併に分かれてお りまして、非適格合併に該当すると、 合併される会社が保有している土地 や有価証券などの含み益に課税が行 われるということになっていますの で、十分な事前のプランニングが必要にな ります。適格合併では逆に過去の税 制では認められていなかった合併に よる繰越欠損金の引継ぎも認められ るようになりましたからメリットも 大きくなっています」 「私の記憶では、合併は赤字会社が 黒字の会社を合併(逆さ合併)する ような特殊なケースを除いては、そ れほど難しいものではないと思って いたのですが、税制が随分変わって いるのですね」  部長が驚かれるのも無理はありま せん。ここ数年の税制改正によって 合併に関わる税制も大きく変わって います。例えば、以前は合併は原則 として非課税であり、部長が指摘し ているようなケースや、その他問題 のあるケースにおいて課税が行われ てきました。しかし、今はまったく 逆になっています。原則的に合併は 課税(含み益に対するもの)であり、 限定的に適格の要件を満たすものだ けが非課税となります。適格合併の 要件には、その形態によって、 ・株式保有割合の要件 ・事業継続の要件 ・従業員引継ぎの要件  など、各種のハードルをくぐりぬける 必要があり、いたずらに合併税制が 難しくなってしまったといわれてい る所以でしょう。税制が厳しくなっ た代償にといってはなんですが、合 併される会社の繰越欠損金を合併会 社に引き継げるようになったという メリットもあるわけです。  しかし、ここでも心配しすぎるの は考え物です。会社と会社が一つに なるという行為そのものは、子会社 救済のため、M&Aのためとそれぞれ に目的があって検討されたはずです。 通常の場合には、会社が経営上必要 だと思われる合併であれば、適格合 併の要件を満たしていることが多い のも事実です。むしろ、問題は他の 部分で発生することが多いので注意 が必要です。 「先生、当社の場合は同族企業で株 式も関係者だけで保有していますし、 純粋な事業統合を目的とした合併で すから特に問題はないということで いいですね?」  部長の話の範囲内では私が懸念し ていた法人税の課税は問題なさそう です。 「ところで部長。合併比率は1対1 で行うということでしたが、合併比 率はどのようにして決められたので すか?」 「いえ、まだ確定させたわけではな いのですが、とりあえず1対1で合併 させておけば事務的にも楽かと思い まして・・」  合併比率が1対1という事は、関 係会社の株式1株に対して親会社株 式を1株割り当てるということです。 ですから合併後の発行済みの株式数 や資本金などは2社を単純に足し算 したものになりますので、実務的に は分かりやすい形式といえます。  しかし、合併というのは合併によ り消滅する会社の株主に新会社の株 式を割り当てる行為ですから、消滅 する株式の価値と割り当てる株式の 価値が同じでないと1対1の合併は できません。 「部長、合併比率を適当に決めて合 併させるというようなことはできま せんよ。通常はそれぞれの会社の株 価を算定した上で適正な合併比率を 算定します。非上場の同族会社の場 合には時価純資産価額を使うケース も多いですね」 「しかし、先生。先ほどの話で今回 の合併は適格合併に該当するのです から課税はありませんよね。でしたら、 それほど気を使う必要もないと思い ますが」  私はあらためて2社の決算書に目 を通します。 「部長、課税がないといいましたの は法人税の部分です。今、合併比率 で問題にしているのは実は贈与税 なのですよ」 「贈与税ですか?」  部長は合点がいかないようです。 合併で贈与税の課税というのも確か に変な話ですが、理屈は簡単です。 二社の決算書から判断すると、二社 の会社の規模は倍以上も違います。 資産構成などから推測すると親会社 の株価は関係会社の3倍程度にはな りそうです。つまり適正な合併比率 は3対1ということです。  もしこの状態のままで、1対1の 合併を行ったとしたらどうなるでし ょう。合併にともなって株価が安い はずの会社の株主が得をしてしまう ことになります。ましてや得をする 株主が同族関係者ということになれ ば、当然に贈与という問題が出てき ます。 「なるほど。たしかに1対1ではお かしいですね。どうやら今回の合併で 得をするのは社長のご家族ですから 問題は大有りですね。早速合併比率 の見直しをいたします」  部長はすんなりと理解してくれた ようです。合併などの税制は、それ 自体が複雑なので見落としてしまい がちですが、日本の会社のほとんど が同族会社です。同族会社であるが ゆえにタックスプランニングを考え る上では常に相続税・贈与税との絡 みを意識している必要があります。 あちらの税制はクリアできても、こ ちらの税制で課税がされたというこ とでは本末転倒な話になってしまい ます。FPとしてタックスプランニ ングを考える場合には、色々なとこ ろに落とし穴があると思っておきま しょう。
  上記記事の内容は、葛゚代セールス社発行 Financial Adviser2003年02月号に掲載されたものです。